――― そこには 聖者が住んでいる ―――



白 い 家 -01-




先の大戦から約1年が経過した今日。
地球とプラントは、相変わらず微妙な均衡を保ったままでいた。
軍を随分と騒がせた第三勢力と呼ばれた集団も、今はそれぞれの選択肢に副って生きている。

ただ、2人を除いて。




「ねぇシン、“白い家”の噂聞いた?」

アカデミーを無事卒業し、真新しい深紅の制服に身を包んで訓練に励む日々。
そんな中の休憩時間に、興味津々といった様子でそう話しかけてきたのは、同僚パイロットのルナマリアだった。

「白い家? ……あぁ、あれね」

それは有名な話で、寧ろ知らない人間を探すほうが難しいだろう。


「そうそう。

 今じゃ民間では、あのアスラン・ザラと並んで英雄だって話」



―――自由と正義。

先の大戦を終結に結びつけたのはその2人だったというのは、今やプラント中の伝説。
どちらもザフトの人間ではないにも拘らず、そのカリスマ性はとてつもなく偉大で。
禁断の力で宙を駆けるその機体が多勢を相手に奮闘する姿は、美しいとまで表現されたほどだった。

一度だけ、軍のライブラリにあった光学映像を見たことがある。
大量の核ミサイルを一撃ですべて撃破したそのビームの軌跡は、戦場のものとは思えないような眩く煌めかしいものだった。

それだけの力を持っている人物だからこそ、どうして、と思う。


どうして、あのとき俺の家族を守ってくれなかったのか。

彼らが守った者の中に、自分の家族は入れなかった。

俺だけ。
俺だけが、その枠の中に辛うじて含まれて。
溢れた彼らは、目の前で無残な死を遂げた。

あの凄惨な光景を忘れない。

そして、誓うのだ。


今度は俺が、その力を手に入れて守るのだと。




「ばっかじゃない? 聖者なんてこの世にいるわけないじゃん」


すべてを守れなかったやつが聖者だなんて思えない。
そんなの人間じゃない。
そもそも、そんな御大層なやつがいれば、こんな戦争なんてもの自体存在しない。


白い家に住んでいるのは、自由の翼を駆っていたパイロットだった。

大戦後、その人物はプラントのどこかにある『白い家』に住んでいるという。
彼自身がその家から出ることは決してなく、誰もその人物を見たことがない。

故にその存在は人々の間を飛び交ううちにどんどん神聖化され、聖者とまで言われるようになった。


「そんなことはどうでもいいのよー」

話を振ってきた本人は、しかし別のことに興味があるようだった。


「すっごいキレイな人なんだって、キラ・ヤマト」


会ってみたいと思わない? と。
ルナマリアは乗り出してきた。

男に対してキレイという形容は、一体どうなのだろう。
シンの率直な感想はそれだった。

しかし、興味を持ったのも事実。

「…まぁ、確かに」

一度くらいは会ってみたいかも。

戦場を駆け抜ける、または駆け抜けた人間に、果たしてキレイな者などいるのだろうか。
しかも、自分の家族を守れなかったやつ。

そんな人間が自分の瞳にキレイに映るのだろうか。



それは、確かに純粋な好奇心だった。







  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 白い家は 海の見える場所にある ―――



白 い 家 -02-




これといった大きな戦闘もない、平和な日常。
定期的に休暇ももらえるし、この歳にしては安定した収入と地位もある。

シンは、その定期的な休暇を利用して、久々にバイクで遠出をしていた。


白い家を、探しに。


誰も、その家がどこにあるのか知らない。
一つだけ知られているといえば。

白い家は、海の見える場所にある ということだけだった。

海といっても、ここはプラント。
それはただの人工の大きな水溜りに過ぎず、大気循環の過程の一つとして組み込まれた部品の一つだった。

海岸沿いに整備された道路を、バイクで疾走する。
その風を感じるのは久々で、純粋に心地よいと思った。

街があればバイクを止め、そこへ入って情報を集める。
単なる好奇心だけでここまで懸命になれるものなのかと自分自身に驚きつつ、シンはその行動を続けた。

数時間後。


「あーくそっ どこにいるんだよキラ・ヤマトっ」


どれだけの人に聞いても、答えは同じだった。


『話には聞くけど、実際どこに住んでるのかは知らないなぁ』

『私も、一度でいいからお目にかかりたいわ』

途中に見つけた広い草原に派手に寝そべって、シンは大声で悪態をついた。
見渡す限り緑色のその広場には、シンのいる場所からは人影は見当たらない。
こんなに天気も良くて清々しい日にもったいない、と、シンはその空気を満喫しようとした。
けれど。

「…あー…もー……」

せっかくの青い空も、絵になるような白い雲も、シンの視界では輝かない。
それもこれも、目的に辿り着けないからだ。

「―――…これで普通のやつだったら、マジでただじゃおかないからな…」

言葉は虚しく風に溶けて、シンの頬を柔らかく撫ぜた。



結局、その日シンが白い家に辿り着くことはなかった。







  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 想いは募るばかり ―――



白 い 家 -03-




今日は通常勤務。
昨日は丸一日ただのドライブに終わってしまったシンは、些か不機嫌気味に訓練をこなしていた。
そろそろ上がる時間だ。明日は夜勤が控えている。
早々に部屋に戻って情報集めでもしようかと考えていたシンは、その行動を聞き覚えのない声によって阻まれた。


「シン・アスカ」


「…はい? ―――…っ」


振り返って見た、視線の先の人物。
その声の主は、探し求める人物の一対。


(アスラン・ザラ…っ!?)


動揺を隠しきれないシンに構わず、アスランは間近まで歩み寄ってきた。

「話がしたいんだが…ちょっといいか」

一体何の話があるというのだろう。
その名前は知っていたけれど、実際会話するのはこれが初めてだ。

「な、なんですか」

若干引き気味に、用件を訊ねる。
これ以上ないほどに緊張しているのが自分でわかった。

「ここではちょっと…。ついてきてくれるか」

言葉は疑問形だったが、アスランはシンの答えを待たずに歩き出してしまった。
その、自分より一回り大きな背中を、シンは慌てて追いかける。

(俺、何かしたっけ…?)




―――終戦後、彼はザフトに復隊していた。

何故彼が戻ってきたのかなど、シンには知る由もない。
『父親の犯した過ちを償うため』だとか、『優秀な腕をザフトが欲しがった』とか。
他にもいろいろな噂があるけれど、シンにとっては、彼がザフトに戻ってきたということだけが事実だった。

彼は現在FAITHと呼ばれる特殊部隊に所属していて、シンにとっては上官にあたる。


「入ってくれ」


連れてこられたのは、軍施設の一角にある小さめのブリーフィングルームだった。

言われたとおりに部屋へと入り、立ち止まる。
背後で、彼がパネルを操作しているのがわかった。

座る、ということを忘れるほど緊張していて、足はそこに縫いとめられたように動かない。
歩いてくる途中で、彼の話のないように察しがついたのだ。

白い家。

彼の話は、恐らくそれだろう。


「―――…座ったらどうだ?」

突っ立ったまま動かないシンにそう言葉をかけ、アスランは自分も手近な席に腰を下ろした。
それに倣って、シンもアスランの近くの椅子をひく。

「…で、こんなとこまできて、話って一体なんですか」

緊張している所為で、かなりつっけんどんな言い方になってしまう。
なぜここまで緊張するのか、シン自身にもわからなかった。

「…ぁ、あぁ、そうだったな。 …だいたい予想はできてるんじゃないか?」

卑怯な話し方だと思う。
用件があるのならさっさと済ませて欲しい。

「…白い家……のこと、ですか」

居心地が悪い。

「あぁ…そう、…というか、キラ…キラ・ヤマトについてなんだが」

歯切れの悪い言い方に、こちらの方が苛々してくる。

「なんなんですか?あんた。 俺、明日夜勤なんで早く帰って休みたいんですけど」

苛立ちを隠そうともせずにそう言うと、彼ははっとしたようにこちらを見た。
本当になんなのだろう。

「ってか、何でそんな話を俺にするんですか」

胸元に光るバッジが、彼が上官だということを主張していたけれども、彼自身がそのような接し方を望んでいないような気がした。

「探しているんだろう?白い家を。
 昨日君が訪れた市街に、俺も調査で行っていたんだ。 そのとき偶然君を見かけて…。
 見た顔だと思って調べてみたら、やはり軍籍だった」

それを聞いて、とりあえず彼が自分に声をかけてきたことは納得できた。

「…で?それがなんだっていうんです?」

こちらから聞かなければ彼は先を話さないのだろうか。
自分から引き止めておいてそれはないだろう。


「家は、見つかったのか?」


その質問に、瞬時に違和感を覚えた。

知らない?

「あんた…キラ・ヤマトの知り合いじゃないんですか」

そんなはずはない。
嘗て彼らは共に戦場を駆け、今のこの世界へと人々を導いたのだ。

「知り合い…というか、幼い頃からの親友だが…それとこれとは、別の問題なんだ」

今の俺はキラには会えない。
彼は、聞えるか聞えないかというほどの小さな声でそうぽつりと零した。

「…ぇ」

どういう、ことだろう。
誰よりもキラ・ヤマトに近い人物は、間違いなくこの人だと思っていた。
彼に居場所を尋ねることがキラ・ヤマトの所在を知る最終手段だと思っていた程なのに。

「…だったら、俺が会えるわけないじゃないか」

がっかりだ。
このアスラン・ザラですら会いにいけないのなら、何の関係者でもない自分がお目にかかるなど夢のまた夢だ。

アスランは、それを聞いて複雑な表情をした。

「そう、か。会えなかったのか」

そう言って少し考え込むと、彼は立ち上がってこちらを見下ろした。

「―――もし、会えたなら」

表情がよく見えない。



「キラの様子を…教えてくれ」



それだけだ、すまなかった、と。
最後に謝罪の言葉を残して、彼は振り向きもせずに出て行った。

「なんなんだ?あの人…」


英雄と呼ばれるその人物の背中を、シンは呆然と見つめていた。








  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 近づきたい ―――



白 い 家 -04-




アスラン・ザラとの、いまいち要点の掴めない会話の後、シンは真っ直ぐ部屋に戻る気にもならず食堂でぼんやりとしていた。
落ち着いて先ほどの会話を考え直してみると、やはりおかしい。

あの様子からして、彼はキラ・ヤマトに会いたいに違いない。
それでも会えないということは、彼は居場所を知らないのではなく、知ることができないのだ。
そういえば、彼が復隊した理由の噂の中に、こんなものがあった。

『軍の監視下に置いておくために、彼をザフトへ縛り付けた』

もしそれが真実だとすれば。
軍法的にはアスラン・ザラは脱走兵なのだから、本来なら銃殺刑。
それをそうしなかったのは、彼の力を軍部が有効利用するためではないのか。

そして、キラ・ヤマトも戦犯。
当時の最新鋭機であったZGMF-X10A FREEDOMを、ラクス・クラインの手引きがあったとはいえ、ザフトから奪取したのだ。

で、あれば。
上層部が、2人が共に在ることを良しとしないのは当然のこと。
もしかしたら、キラ・ヤマトも軍の監視下で生活しているのかもしれない。
それなら、アスラン・ザラがキラ・ヤマトに会うことができないというのも納得できる。

すべては、憶測だけれども。


「…あぁっ、俺のバカ!」


あの場でその仮説を立てられなかった自分を、シンは声に出して叱責した。







宿舎に戻る途中で、隣室のレイと擦れ違った。

「シン、今帰りか」
「あ、うん。レイは夜勤?」
「あぁ」

制服を綺麗に着込んだレイは、その靡く金髪も手伝っていつものように至極王子様然としていた。

「そっか。気をつけて」
「ゆっくり休めよ」
「うん、サンキュ」

同期でアカデミーを卒業した彼とは、結構仲が良い方だ。
ルナマリアと3人でいつも一緒につるんでいた。
軍属になってからの配属先も同じで、当時からの3人の関係は今も続いている。

「…相変わらずキラキラしてるなー、レイは…」

簡単な挨拶を済ませて通り過ぎていく同僚を、シンはそんな感想と共に見送った。


部屋に戻ると、シンは一番にパソコンを起動させた。
プログラムが画面上を流れてゆき、起動が完了する。

「…あの人にメールしてみようか」

さっきの自分の仮説を確かめたい。
そう簡単に知ることができる内容ではないかもしれないけれど、そんなことは聞いてみなければわからない。
しかし。

「これ、軍の端末だしなぁ…」

どこで本文を見られるかわからない。そんなものに、自分が考えているようなことを記すわけにはいかない。

「…とりあえず送ろう」

アドレスは調べればすぐにわかる。
まずはそれを取得することから始めた。



“To. Athrun Zala

 I wanna talk with you again

 ...about wings of freedom

          From. Shinn Asuka”



 もう一度、あんたと話がしたい ―――自由の翼について







  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 揺れる笑顔 ―――



白 い 家 -05-




返事はその日のうちに返ってきていたようだった。
しかし自分は翌日の夜勤のために既に就寝していて、メールに気付いたのは昼近くだった。


“To. Shinn Asuka

 I want to , too

 Well , I'll visit you at ... 00:00

 You said you are on night shift , don't you?

 Wait for me

From. Athrun Zala”


 俺も話がしたい

 そうだな…0時にお前のところへ行こう

 今日は夜勤だと言っていたよな?

 待っていてくれ



彼からの返事に一通り目を通し終えると、知れず溜息が漏れた。

「…本当に上官かよこの人……」

それは安堵から来るものだったが。
しかし本当に、彼には上官らしさを感じない。
彼が自分を呼び出すことなど容易い筈なのに、それをしないなんて。


「了解しました、と…よし、返信っ」




 ―――追伸



 早く、会いたい












夜勤の時間がこんなに長く感じられたことがこれまでにあっただろうか。

時間が気になって、任務どころじゃない。
夜勤なんて、定時に見回りに出る以外には書類整理や事務などで大した仕事はないけれど。
それでも勤務態度がいつも以上にそぞろになっているのは明らかだった。

そして、約束の時刻。

シンが見回りの当番になっている時刻でもある。
わざわざ調べてその時刻を指定してきたのであろう事は容易に想像できた。

「シン・アスカ、D区画の見回り行ってきます」
「了解」

ホルスターに収められている銃が装填されていることを確認して、シンは外へ出た。


「うわ、寒…」

プラントの気候は春に調整されているが、この時間はまだ冷え込む。
神経を研ぎ澄ませて歩き始めると、後ろから知った声が聞えた。

「ご苦労様」
「…あ……」

そこには、約束の相手が穏やかに佇んでいた。
宵闇色の髪は、この夜空に溶けてしまいそうな錯覚を覚える。
そんな中でも、翡翠の双眸だけは昼にも増して輝いて。

「ご苦労様です。 …えと」

以前ほど緊張しないものの、やはりなぜか一歩ひいてしまう。
それは彼の持つ存在感の所為だと、メールのやり取りで気付いた。

「アスラン、で構わない。…シン」
「あ、…はい」

どちらともなく歩き始めると、アスランが初めに口を開いた。

「まさか、シンの方から連絡がくるなんて思わなかった」

そう言う彼の表情は、この間とは打って変わって柔らかい。
これなら、緊張しなくて良さそうだ。

「俺、いろいろ考えたんです。 …それを聞いてもらいたくて」

見回りに最大の注意を払いながら、シンは話を始めた。

「いくつか聞きたいことがあります。まず一つは…
 アスラン…は、なんでザフトに復隊したんですか」

彼の、息を呑む音が聞える。
核心をつく質問、だったらしい。

「お前、頭良いんだな。
 …あまり洗いざらい話すわけにはいかないんだが」

「じゃあ、俺の予想を話してもいいですか?」

「あぁ、構わない」

シンは、少しの間だけ考えて言葉を選んだ。
―――ストレートに、伝わる言葉。


「軍属に戻ることが、あなたとキラ・ヤマトが銃殺刑を免れる条件だった?」


彼は立ち止まってしまった。


「いろいろ、噂はあるんです。あんたがザフトに戻ったことに対して。
 英雄っぽく言う人多いけど、俺は違うんじゃないかと思って」

彼は、俯いて、少し笑ったようだった。


「シンの言うとおりだ。

 …だがそれだけじゃない」


次の瞬間には、彼は泣き出しそうな顔をしていた。



「俺が軍に戻ることが、キラを二度と戦場へと関わらせないための条件だった」



今、彼が見ているのは。

間違いなく、キラ・ヤマトその人の面影、だった。








  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 屍の道 ―――



白 い 家 -06-




彼は、先の大戦でキラ・ヤマトと共闘するまでの経緯を説明してくれた。

「オーブの資源衛星、ヘリオポリスを知っているか?」

彼の質問にはっとする。
アスランは、自分が以前オーブ国民だったことを知らないのだ。

「もちろん知ってますよ。 …俺、大戦中はまだオーブの人間だったから」
「そうなのか?」

彼は心底驚いたという顔をしていた。
そのことは後で話すつもりでいるので、今は深く踏み込ませない。

「そうですよ。 …で、ヘリオポリスがなんなんですか?」

彼は、当時を思い出すように遠い瞳をした。

「そこのモルゲンレーテで、連合の新鋭機がつくられていた。それを見逃してはならないと――…ザフトは、機体の奪取作戦を実行した」

その奪取作戦に、当時ヘリオポリスで暮らしていた民間人であるキラ・ヤマトが巻き込まれた。
彼は連合の女性士官と共に奪取予定の機体に乗り込み、そのまま拘束されてしまった。

「その作戦の3年前までは月で暮らしていて…キラとは4歳の頃からの付き合いになるのかな」

そんな友人が、しかも自分と同じコーディネイターである人間が、ナチュラルばかりの連合側に従属させられそうになっていたのだと。
アスランは声を搾り出すように語った。

「もともと民間人で、何の訓練も受けていないような人間を…っ、コーディネイターだという理由だけでMSに乗せ続けた…!」

そんな状態に耐えられなかった。
何度も手を差し伸べザフトへ来いと叫んだのだ。

それでも、彼はヘリオポリスから共にアークエンジェルへ乗艦した友人たちを守らなければならなかったのだと。


故に決別せざるを得なかった、と。


「…俺がいたクルーゼ隊は、アークエンジェル撃墜の任をずっと負っていた。それで、宇宙から地球まで追っていったんだ」

あの感覚は今でも鮮明だ。
自爆の暗証番号をああも手際よく押した自分に寒気がする。

「終戦近くのあいつの戦い方からは想像できないんだが…その頃のあいつは確実にパイロットを殺していた」

必ずコックピットを狙う。
機体を大破させる。

「そうやって、あいつは俺の同僚たちを殺した。 ―――…俺も、あいつが守るといった友人を殺した」

互いに互いの大切な人間を奪っていった。

「結局俺たちは憎みあって…俺は一度あいつを、殺した…」

自爆して、自分も一緒に死ぬつもりだった。
なのに自分は生きていて、呆然とした。

「軍基地へ戻ったら、あいつを殺したことを讃えられて…勲章までもらって」

その後、国防委員会直属の特務隊へと配属が決まり、一度本国への帰投命令があった。

「本国は本国で、ラクス・クラインがスパイを手引きしたのだと言って大騒ぎだった」

その事件は、シンも知っている。
アカデミーにいた頃に、軍事関連のニュースは一通り目を通した。

「それで俺はラクスにキラが生きていることを告げられ、…本当は彼女を殺せとの命令だったんだが、それはできなかった」

それから先は知っての通り、ザフトを離反してアークエンジェルへと移り、オーブでの戦闘を経て、エターナルを奪取してきたラクス・クラインと合流したのだということだった。

「…なんか、もうなんていって言いかわかんないんですけど」

激動、としか言えない。
目まぐるしく変化する環境の中で彼らは再会し、敵対し、憎しみあって、それでも最後は和解して共闘に至ったのだということはわかった。
そして、もうひとつ。

「大切な人なんですね、あなたにとって、キラ・ヤマトって」

言葉の端々から汲み取れるその想いは、とても深く。

「…あぁ。もう、自分の一部みたいなもんだったから」

失って、喪って、どちらかだけが生きていることなどできるはずがないのだと、彼は言った。



「でも、俺。 そのキラ・ヤマトに家族を殺されたんですよ」


彼が何かを守ろうと放ったビームは、かわりに自分の家族を葬った。

「オーブの、オロゴノで。俺の家族は目の前であいつに殺された」

思い出とは裏腹に、告げる自分の声は抑揚のない淡々としたものだった。


「だから俺は、あんたたちを英雄だなんて思わない」


憎しみよりも深い緋色が、アスランを貫いた。








  ...to be continued   >>>NEXT






























――― それは とうに覚悟したこと ―――



白 い 家 -07-




「俺は、あんたたちを英雄だなんて思わない。 みんながいう伝説なんてものも信じない」

家族が目の前で死んだということが、自分にとっての真実であり、すべてだった。
立ち止まり、僅かの間対峙していたが、見回りの途中であることを思い出して、シンは再び歩き始めた。

辛うじて、後ろをついてくる靴音は響いている。


「―――…恨んでいるのか?」


静かに投げられたのは、そんな問だった。

「家族の仇だと、守れなかったキラが憎いと」

しかしそれは見当違いだ。

「違いますよ」

即座に否定して、再び歩き出す。

「俺が今軍にいるのは家族が殺されたことがきっかけだし、俺は力を得て守りたいものを守るんだって誓ったのも事実だけど」

戻るのが遅いと、本部も不審に思うかもしれない。
遅れた分、ほんの少し歩調を早めた。

「ただ、興味があるだけです」

聖者だと謳われるキラ・ヤマトは、その賞賛に適う儚さと美しさを持っているという。

「自分の家族を殺した人間が、俺の目にもキレイに映るのかなって」


あなたも、俺も。

戦場を駆ける人間が、美しいわけないでしょう?







「…いって――…」

腫れた頬を摩りながら歩いていると、ルナマリアが驚いた顔をして駆け寄ってきた。
早朝交代の時間だ。

「どーしたのシン!そのほっぺた」

「…るっさいな。 アスラン・ザラにはたかれたんだよ」


「えぇ!?」


果たして彼女は、出てきた名前に驚いた、それともその人物がシンを殴ったことに驚いたのか。
答えは、両者だ。

「シン、アスラン・ザラと知り合いなの!? ってかあんた、叩かれるような何をしたのよ」

彼女の質問も尤もだが、自分は自分の素直な気持ちを言っただけだ。
アスランには、興味本位で白い家を探していることが癪に障ったらしい。
あれだけ大切にしている幼馴染みなら、無理もないかもしれないが。

「あーもうっ、ルナマリアうるさい!」
「なんですって!?人が心配してやってんのに!」

彼女の叫びをわざと無視して、その場を去る。

「ちゃんと冷やしとかないと、その生意気な顔がもーっとガキっぽくなるわよっ」
「余計なお世話だっ」









途中で医務室によって冷却剤をもらって自室に戻ったシンは、制服のままベッドへと飛び込んだ。

「くっそー…いてぇなぁ」

ルナマリアも、心配するならもっと他にかける言葉があるだろうと思う。
いつも、気付けば互いに憎まれ口の応酬だ。

「…ぅー」

しかし、気持ちがもやもやとするのは、ルナマリアの所為だけではないことは明らかだ。

「なにも平手で打つことないじゃんか…」

見事に腫れた左頬を、シンは恨めしげに撫で上げた。

確かに。
自分は、キラ・ヤマトを確実に傷つけるような理由で彼に会いたがっているのかもしれない。
アスランの話を聞く限りでは、キラ・ヤマトは成り行きで戦場へと放り出されたようなものだ。
人を殺す覚悟なんてない。
周囲からは、守ってくれとせがまれる。


「…優しい、人なんだろうな」


やはり、会ってみたいと思う。
そうして、自分のこの欲求を満たしたい。



―――会いたい、キラ・ヤマト。








  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 早く ―――



白 い 家 -08-




「ぅえっ、お、俺たちが…!?」

とりあえず頬の腫れは引き、痛みも治まったと思っていたそのとき。
舞い込んだ出頭命令に従って軍本部へ向かった先で通達された命令は、まさに自分の耳を疑うようなものだった。

「えぇ、そうよ。レイとルナマリアとあなたの3人で、デュランダル議長の護衛についてちょうだい」

直属の上司タリア・グラディスに告げられたのは、「明日からプラント各市を訪問する最高評議会議長ギルバート・デュランダル氏の護衛」という、なんとも重大な任務だった。
今この場には、同じく出頭命令を受けたレイとルナマリアも並んでいる。
レイの表情は相変わらずで、ルナマリアはシンと同様に瞠目していた。

「一度説明をするとのことだったから、本日14:00に議長の執務室へ出頭するように」

シンとルナマリアは固まったまま。
レイだけが、復唱と共に敬礼を返した。

「本日14:00、議長のもとへの出頭及び明日からの護衛任務、了解しました」

その姿を見て、シンとルナマリアも慌てて姿勢を正す。

「同じく、了解しました!」
「了解しましたっ」

レイが全く動揺を見せなかった理由など2人が知る由もなく、そのまま3人はタリアのもとを後にした。









「うあー、何か緊張するなぁ…」

そんなことをどこか嬉しそうに話すシンに苦笑しながら、ルナマリアが答えた。

「ほんとよねー。私、直接お会いするなんて初めて」
「俺だってそうだよ」

何故自分たちが選ばれたのかなどわからないが、これが光栄な任務であることは明らかだった。
そして、喜んでいるのはこの二人だけではない。

(ギルと直接会えるなんて、いつ以来だろう)

デュランダルから一足先に直接この任務を聞かされていたレイは、仕事とはいえ彼に会えることを素直に喜んだ。

早く、早く会いたい。

「…ギル」

彼は、自分を待っていてくれるだろうか。
早く会いたいと、同じように思ってくれているだろうか。

自分を、見ていてくれているだろうか。

話が、したい。








「あぁ、君たちか。 待っていたよ、さぁ入りたまえ」

時間通りに彼の元へ3人揃って訪れると、プラントで最高の権力を持った人物は柔らかな物腰で皆を部屋へ迎え入れた。

「し、シン・アスカであります」
「ルナマリア・ホークであります」
「レイ・ザ・バレルです」

敬礼と共に名を告げると、デュランダルは1人1人の容姿を確認しながらそれを記憶した。

「まぁ、座りなさい」

近くのソファを示してそう促しながら、デュランダルもゆっくりと腰を下ろした。

「そんなに緊張しなくて構わんよ。明日からはかなりのハードスケジュールだ、そんなことでは早々に疲れきってしまう」
「あ、はい」

いつもは寛げっぱなしの襟元を気にしながら、シンは少しだけ肩の力を抜いた。

「…さて、早速明日からのことなんだが。詳細なスケジュールはまた後ほど文書を渡すことになっているからそっちで確認してくれ」
「はい」
「わかりました」
「それで、なぜ君たちを指名したのか不思議に思っているかも知れないが…」

デュランダルは、部下の持ってきたカップに口をつけながら事の次第を説明し始めた。

「君たちは先日アカデミーを優秀な成績で卒業した。そんな君たちに是非、これから自分たちが守っていくこの国を見てもらいたいのだよ」

このプラントという国土、そこで生活する国民。

「地球とプラントは、今も尚緊張状態が続いている。大きな戦闘がないとはいえ、未だ争いが絶えないのも事実だ」

いつ、どんなきっかけで、この平和が崩壊するとも限らない。

「だからこそ君たち若い力には是非とも頑張ってもらいたい。それが、国の最高責任者である私の願いだ」

彼の理想は崇高で困難だ。
だがだからこそ、それを掲げる彼に従う者は多い。

「ついてきてもらえるかな」

それで平和になるのなら。

「「「もちろんです」」」

3人の返事を聞いて、彼は笑った。


「ありがとう。 期待しているよ」
















デュランダルの部下にディスクを渡されて退室する間際、彼はレイにだけ部屋に残るよう言った。

「久しぶりだな、レイ。軍にはもう慣れたかな」

部下に人払いをさせたここには、デュランダルとレイの2人だけだった。

「はい。ギルは相変わらず忙しそうですね」
「まぁ、そうだね。こんな立場である以上それは仕方のないことだが」

デュランダルの手が、綺麗に整えられたレイの髪に触れる。


「しばらくは一緒にいられる」

「―――…はい」

その心地よい重みに、レイは瞼を下ろした。








  ...to be continued   >>>NEXT






























――― まるで閃光のように ―――



白 い 家 -09-




デュランダル議長のプラント各市への訪問は、滞りなく予定通りに進行していた。
今回の訪問は、プラント全12市のうち、軍本部があるアプリリウス市を除く11都市。
2週間でこの訪問を終える予定のため、毎日が移動と訪問のハードスケジュールだった。

「疲れたかね?」

移動の途中、デュランダルは護衛の3人に向かって穏やかに訊ねた。

「いえ、議長の方が大変な公務をこなしておられますので」

すかさず、レイが非の打ち所のない返答をする。
そんな大人な同僚を、シンは素直に尊敬した。

「明日は、スケジュール通り一日休暇の予定だ。護衛はレイだけ残るようにしているから、シンとルナマリアはゆっくり休むといい」

「「はい」」

今現在滞在中のここはディセンベル市。
シンは、このプラントへ訪れたのはこれが初めてだった。

(散策してみたい気もするけど…疲れてるし、明日は宿舎でゆっくりしてよう)

明日1日の計画を、シンは頭の中でのんびりと組み立てた。












翌朝8時。


「ぅわー…俺えらーい…」

惰眠を貪ろうという魂胆は、日頃の訓練の賜物か、みごとに砕かれた。
定時に目覚める習慣がこの身体には染み付いている。
少しだけがっかりして、シンは項垂れた。

「ま、いっか…。起きよ」

ベッドから抜け出し、着替えを済ませる。
外出するつもりもなかったので、顔を洗って歯をみがいた後、シンは軍服に着替えた。
簡単に身支度を整え、シンは食事を取るべく部屋を出る。
数メートル進んだ先で、ルナマリアと一緒になった。
彼女は私服を着ている。どうやら出かけるつもりのようだ。

「おはよう、シン」
「おはよ、ルナ。出かけるんだ?」
「うん。幼年学校時代の友達に会いに行くの」

話しながら食堂へ向かい、同じテーブルで食事を済ませた2人は、食堂の出口でそのまま別れた。

「雑誌か何か買ってこようかな」

どうせ暇を弄ぶのなら、と、シンはその足で購買へ向かった。


手ごろなファッション誌や音楽雑誌を手に取り、それらを購入して部屋に戻ったシンは、ベッドに横になってぺらぺらとページを捲った。

あ、このアクセ格好いい、とか、この帽子いいなー、とか。
そんなどうでもいいことを思いながら見ていたら、いつの間にか読み終えてしまった。
私服なんてそんなに持っていても今の軍生活ではあまり役に立たない。男の自分なら尚のことだった。

「はぁ…」

昼前に暇になってしまって、シンは溜息をついた。
だからといって、今から着替えて出かけようという気は起きない。

白い家のことを調べようという気も、なぜか湧かなかった。

軍の監視下で生活しているのであれば、調べて見つけ出すというのは無理だろうという諦観が既にあったのだ。
別に、何が何でも会いたいというほどのものでもないし、これ以上求めて何も得られなかったときの感情を味わいたくなかった。


『―――もし、会えたなら…、キラの様子を…教えてくれ』


アスランの切なげな言葉が一瞬脳裏を掠める。
けれど、それは自分の義務でもなんでもない。
そもそも、すでに彼は、興味本位で白い家を探していると言った自分を良く思っていないはずだ。

「なんか、もうどうでもいいや…」

いろいろなことを忘れたくて、シンは意図的に眠りに落ちた。








「―――ん…。…13時、か…」

割と深く眠っていたようで、目覚めたときにはそんな時間だった。

「食事行こ…」

少し皺の寄った軍服を調えて、シンは再び食堂へ向かった。



窓際の席を選んで、ゆっくりと食事を口に運ぶ。
その席からは、人工の海原がよく見えた。

シンは、海を眺めるのが好きだった。

食事が終わったら、港へ行ってみようか。
仕事の邪魔にならなければ、ぼーっとしていても問題ないだろう。
裏の港なら、倉庫ばかりで人もそんなにいないはずだ。立入禁止区画にさえなっていなければ、そこにいても咎められることはない。

ぼんやりとそんなことを考えながら、シンはペースを変えずに食事を続けた。



一度部屋に戻って適当に片づけをし、シンは携帯義務のある端末とIDカードだけを手に部屋を出た。
そのまま、軍港の裏の倉庫街へ向かう。

途中にある森林帯の中に、獣道のような、誰かがそこに侵入した痕跡があった。

(…?中、入れるのか?)

軍の敷地内にそうそう危険などないだろうと高をくくったシンは、興味本位でその林に足を踏み入れた。

波の音が近くなる。
どうやら、海辺に近付いているようだ。

シンは、周囲の気配に注意しながら、その先へと進んだ。

―――急に、視界が開ける。


「……っ」


目の前にあるものに、息を呑んだ。


(これ、って…)


緑の蔦が絡んだ白い塀と、黒い鉄格子の門の向こうにあるのは。



(白い家…っ)


まるで、その存在すべてを隠すように、周囲の木々が建物を覆っている。
これでは、上空からはここはわからないだろう。
シンは、瞬時にその身を強張らせた。

近くに、必ず監視の兵がいるはずだ。
そしてその兵はすぐに自分を追い出しにここへ駆けつけるだろう。

そう、考えたけれども。

(こ、ない…?)

考えすぎだったのか、それともここは白い家ではないのか。
どちらにせよ咎められないのなら、と。

シンは、門に手をかけた。

施錠もされていないそれは、押すだけで容易く開く。
建物の扉も同じように開いてしまって、シンは僅かに躊躇した。

(なんか、変だ)

鬱蒼と茂る木々の中にぽっかり開いた空間に佇む白い家。
そこに存在するはずなのに、なぜかそこには何も存在しないような錯覚に囚われる。
これ以上立ち入ってはいけないような気がするのに、意に反して身体はそこに吸い込まれるように中へ中へと足を進める。
木の床以外は壁も天井もすべて真っ白で、なんだか気が狂いそうだった。

眩しい。

長い廊下の途中にいくつか扉があったけれど、そこには人の気配はなかったので開けずに進んだ。
そして、その先。

急に広い空間に出て、シンは立ち止まった。

リビングだろうか。
敷かれているラグも白、テーブルも白、ソファも白。

「…っ」

そして。
一面ガラス張りにされた壁に凭れている人物も、白い服を着ていた。

「……」

こちらに気付いていないらしいその人物は、微動だにしない。
男とは思えないほど細い身体、透き通るような肌。
伸びっぱなしになっている栗色の髪は、彼をより儚く見せた。

すぐ傍まで来て。
覗き込めるようにと、その場に屈む。

早く、その瞼の奥の光を。

先ほどまで部屋に響いていたシン自身の靴音もなくなり、そこはしんと静まり返った。

(生きてんのか…?)

そう思ってしまうほど、彼は静かにそこにいる。
額が触れそうな距離まで顔を近づけると、やっと覚醒したのか、瞼が震えた。

(っ、起きる)




「―――…君、は…?」



開かれたその瞳は、懐かしい、残酷な色をしていた。













  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 衝動というものを知った ―――



白 い 家 -10-




緩やかなピアノの音色が響いている。

「―――…そう、そうか。それで…、…あぁ、…なんだ。その少年なら構わんよ。彼はキラを殺せない。…あぁ、…あぁ、では引き続き頼むよ」

通信の切断と同時に、メロディも止む。
レイは、長い金髪を払いながら訊ねた。

「ギル?…何かあったんですか」
「あぁ。シンが白い家を見つけたそうだ」

事も無げに言ってのけるが、その内容はあまり喜ばしいものではない。

「…いいんですか?」

レイは僅かに険しい顔をしながら質問を続けた。

「シンにキラは殺せないさ。…私の勘、だがね」

キラ・ヤマトが死なないのであればあとはどうでもいい、というような口ぶりで、目の前の最高権力者は言う。

「…ギルがそういうのならそうなのでしょうね」

レイはデュランダルの傍に座り、置きっ放しになっていたカップに口をつけた。
ぬるくなってしまったコーヒーが、その苦味だけを残していく。
美味しくはない。

「淹れなおしてきます」

そう言って2人分のカップを手に消えていく姿を、デュランダルは笑みと共に見つめる。



「どうなるか…は、神のみぞ知る、というところだろう」




















がたん、と。
ほとんど何も置かれていないといっていい部屋に、大きな音が響く。

「…っ」

視界の反転と共に僅かに受けた痛みで、青年は顔を顰めた。

―――この子は一体誰なのだろう。

明らかに自分を憎んでいる。


「あんたが…キラ・ヤマト ?」

首に手をかけられた状態では答えることも出来なかったので、青年は視線だけでその疑問を肯定した。

「あ、んた…が…っ」


勢い任せに押し倒した。
衝動的に殺そうと思った。
こんな細っこいやつ、首にかけている手に少し力を入れただけで簡単に息絶えそうだ。

そう、少し。
少しだけ。

組み敷いたその人物は、抵抗らしい抵抗もしない。
床に散らばった髪が日に透けてキラキラときれいだ。
次第にその反射は眩しくなり、視界がぼやけてくる。

「…、…」

何か、言おうとしている。
僅かに咽喉が動くのが掌から伝わってきたが、どうすれば彼が喋れるかなど思いつかない。

この手は離せないから。


殺してやる。
殺してやる。
殺してやる。


あのとき、俺のすべてだったものを守ってくれなかったこいつを。


殺して、やる。



瞬きをしたら、頬を何かが伝って、少しだけ視界がクリアになった。
下には、キラ・ヤマト。

あぁ、なんという優越感だろう。
こいつはこんなにも弱い。
簡単に死んでくれそうだ。

「…」


そんなの、ちっとも嬉しくない。


だらりと床に沈んでいた彼の右腕が持ち上げられる。
その手は、そのまま俺に触れて。



笑った。




「……―――…――っ」


今度こそ。
自分が泣いている、ということをはっきりと自覚した。


あぁ。
なんという敗北感だろう。






こいつは、こんなにも強い。








「っ、ふ…っ」


この深い色を見続けることは出来なくて、顔を逸らした。
ついでに、この男の胸に蹲った。

あぁ、生きている音がする。

やつの右手は、今度は俺の頭をぽんぽんと撫で続けた。
手を離してやっても、こいつは何も言わなかった。

このあと、どんな顔をすれば良いのだろうか。

彼の振動は、こんなにも心地よい。
このまま、自分のものになってしまわないだろうか。


「……ご、めん…」


そんな、叶うはずのないことを考えていても仕方がない。

シンは、泣いている顔を俯けて隠しながらとりあえず謝った。
胸の上の重みがなくなったので、キラも身体を起こす。
一つ深呼吸をして、彼は再び同じことを口にした。


「君は、誰?」


その瞳は、よく見れば、とても優しい色をしていた。




















  ...to be continued   >>>NEXT






























――― みえないもの ―――



白 い 家 -11-




「シン・アスカ」

「…シン,くん」

確かめるように繰り返された名前が,静かな部屋に響く。

「シンでいい。なんか…きもちわるいし」

キラと同じように窓ガラスを背もたれにして,シンはキラの隣りに並んだ。
建物自体を木々が覆っているため,光はそんなに射し込んでこない。
それでもガラスはあたたかくて,なんとなくほっとした。

「…シン,よくここに入れたね」

その言葉から察するに,やはりここは普通に立ち入ることは出来ない場所のようだ。
自分でも,なぜ咎められないのかわからない。

「きっと…あの人は知ってて黙ってるんだろうけど」

隣に座る彼の顔は,長い前髪が陰になってよく窺えない。
あの人,とは誰のことなのだろう。

「…なんで」
「うん?…やっぱ,おもしろいからじゃない。高見の見物」

「そうじゃなくて」

誰に知られていても,なぜ咎められないのかもどうでもいい。
そんなシンの真意が読めず,キラはきょとんとした。



「ふつう,自分の首絞めた理由訊くだろ」



言われた内容を,まるで意外だとでも言いたげに,キラはシンを見つめて黙った。

「まぁ…僕はふつうじゃないからね」
「…はぁ?」

理由にならない。
噛み合ってない。

本当に,生きてここに存在しているのだろうか。

「…な,に……?」

今触れている手は,確かにあたたかい。
この手が,あの引き金を?

「あんた,本当にフリーダムのパイロット?」
「…そうだよ?」

信じられない――そんなこと。
だって

「否定…してくれたら,俺,騙されてやるのに」

「…シン……?」

思ってしまった。
見てしまった。


この人を,美しいと。


「信じたくない…。 あんたが,俺の家族を殺しただなんて」

憎しみはない。
さっきの衝動で,どこか彼方へ消えてしまった。


「父さんも母さんも妹も…この手が奪った」

口に出しても変わらない過去が,スライドショーのように入れ替わり立ち代り蘇る。

駆け抜けた山道。
飛び交うMS。
怯える妹。
必死に家族を守ろうとする両親。

轟音。

爆風。

―――さっきまで生きていたはずの,家族であったはずの…肉塊。





「…ごめん,ね」



最も悲しい台詞が,俺を縛った。










  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 闇が ―――



白 い 家 -12-




「ごめん,ね」

何よりも聴きたくなかったその言葉は,行き場なくこの部屋を彷徨った。
声が出ない。


「僕は…どれだけ懺悔すればいいんだろう」

キラは,立ち上がって部屋の中央に進んだ。
ほとんど何もないといっていい空間は,まるでそこがステージであるかのように見せる。

「ここは白い家と呼ばれてるみたいだけど,僕には紅く見える」

自分の両手を見つめながら,キラは静かに続けた。

「寝ても醒めても僕の周りは紅くて,この世には…紅しかないみたい。」


たすけて,と。

そう言っているような気がして,シンは思わずキラを見上げた。
こちらに背を向けていて表情がわからない。
彼の顔を,瞳を見たい。


「…あんた馬鹿?」

シンはゆっくりとキラに近付いて,立ち止まる。
予想外の台詞に,キラは思わず振り向いた。

「俺は別に,あんたに謝ってほしいとは思ってなかった。

 …興味があっただけなんだ,あんたに」

そう,それだけだった。
その存在を確かめたかっただけ。

もう―――答えは出た。


この家を探そうと思った理由
アスラン・ザラとの会話
ここに至った経緯を一通り話して,シンはもう一度キラの手を取った。

「責めるようなこと言ってすみませんでした」

キラが,戸惑ったようにシンを見つめる。
亡き妹に似た彼の様子は,もう悲しみとは無縁で。…あの衝動が嘘のようだ。



「さよなら。会えてよかった」




きっともう,会うことはないだろう。

















「…久しぶりだね,キラ・ヤマト」

「……議長…」

あぁ,やはり,と思う。
彼は何もかも知っている。


「どうして…ここに入れたんですか,彼を」

「彼は君を殺さないだろうと思ったからだよ」

いとも簡単に言ってのけるようすは非常に愉快そうで,底が見えない。
恐ろしい人とは,こういう人を言うのだと思う。

「なんとなく,だがね」
「…」

シンが帰ってから7時間。
その間に生まれたものがある。


「議長―――…お願いが,あります」



カナリアは,失くした声をどうやって取り戻したのだろう。














  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 彩る ―――



白 い 家 -13-




「―――シン! シン・アスカ!!!」

「は,はいぃっ!?」


背後から突然,周囲に響き渡るような大声で名前を叫ばれて,シンは思わず背筋を伸ばした。

あれから―――…白い家でキラ・ヤマトに会ってから,どれほどの月日が流れただろう。
あの部屋での出来事が,まるで夢であったかのような儚さを纏ってきている。
それでもあの日のことを思い続けるのは,彼の温もりが,確かな存在として残っているからだ。

触れた手のひらのあたたかさ。
鼓動。
瞳の色。
シン,と呼ぶ声音。

消えることのない記憶だ。

もう,あれから1年半が過ぎようとしていた。



「―――来い! 話があるっ」

「ぇ,ア,アスラン!?」

一緒に休憩していたルナマリアたちが,驚いた様子でこちらを見ている。
腕を強く捕らえられ,アスランの命令に従わざるを得なかった。


「…レイ?どうしたの?」



「―――…いや,別に」













人気のない廊下で,アスランが力を緩めた。

「何なんですか,一体」

前を進んでいたアスランは,こちらを向いた。
ひどく深刻そうな顔をしている。

「…キラが」
「ぇ?」

切羽詰ったような様子で,アスランは訊ねた。



「キラが,もう白い家にはいないと議長が言った。

 何か 知らないか」


言葉の内容を,よく理解できなかった。

―――いない?
キラ・ヤマトが?
あの家に。

「…俺が,知るわけないでしょう」

自分にとって,キラは『思い出』だ。
過去の一片として刻まれているだけ。
アスランのような執着はない。

ない…と,思う。

アスランは,シンの答えを聞いて,絶望したような表情を見せた。
これが最後の希望だったのだろうか。

「―――…だよ,な。 すまなかった」

もう行ってくれ,と言って,アスランは素早く踵を返した。

憔悴しきっている。アスランは。
キラのことを聞いてからずっとあの調子なのだろうか。

気の毒だとは思うけれども,自分がしてやれることはない。




『見つけましたよ,白い家』

『…っ』


そう報告したときの,アスランの顔が忘れられない。

『世界のすべては紅いんだって…言ってました』
『……キラ…』


『きれい,でした。あの人』


見えない美しさを,あの人はちゃんと持っていた。


『それだけです。 …じゃ』




あの瞳に再び出会えたら,何かが変わるのだろうか。















  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 歌を忘れた ―――



白 い 家 -14-




配属の艦が,宇宙へ出ることになった。
3週間前からその準備で隊は忙しい。

「シン,そのデータこっちにも移しといて」
「わかった」

出航は,もう明日に迫っていた。
明日には,基地で新鋭機を受領する。

ZGMF-X56S インパルス。
これからの運命を共にする機体だ。

俺に許された力―――。

守ってみせる。
俺の守りたいもの。

「明日は議長もいらっしゃるんですってね」
「…特種任務らしいからな」

二度もお目にかかれるなんて光栄だ,と思う。
それだけの能力を認められているというのは素直に嬉しい。
それは,同じ赤を着る彼女も同じようだ。

「乗艦すれば任務の内容わかるのかしらね」
「じゃないの? …よし終わりっ」

最後のエンターキーを押して,シンは勢いよく立ち上がった。

「これ艦長に渡したら今日はもう終わりだから,飯食いに行こう」
「じゃあ,レイも誘って待ってるわね」

ルナマリアが,簡単にデスクの上を片付けながら言う。


「すぐ行く!」












「レーイー? 終わったぁ??」

別室で作業していたレイのもとに向かったルナマリアは,目的を見つけて声をかけた。

「…あぁ,ルナマリア。さっき提出して片付けたところだ」
「よし,じゃあ食事行こ。シンもすぐ来るから」

ちなみにメイリンは残業のようだった。
管制官は大変だ。…私には無理。

「あ,シン!」

「…ルナ」
「え?」

レイが,小声で話しかける。



「明日は面白いものが見られそうだぞ」












食事を終えて部屋に戻る途中で,妹のメイリンと一緒になった。

「あ,お姉ちゃん!」
「メイリン,終わったの?」

どうやら残業といってもそれほどではなかったらしい。
疲れた様子はあるけれど。

「今すぐにでもミネルバに乗れます!」

姉妹で軍属。
自分はパイロット,彼女は管制官。
役目は違うけれども,同じ隊の一員として歩めることが嬉しい。
最悪のときでも,最期は一緒だ。
そんなときが来ないように,私は彼女が乗る艦を,艦がの後ろのプラントを守る。

「頼りにしてるわよ」
「お姉ちゃんも,がんばろうね」

すべては,明日が始まり。
…そういえば。

「さっき,レイが変なこと言ってたわ」
「え?」



「明日,なにか面白いものが見れる…って」












当日。
軍港は慌しい。

これからの母艦となるミネルバには,既に荷物は積んである。
あとは,新型のMSを受領していよいよ出発だ。
艦には,既に艦長が乗っている。
議長と,その護衛のアスランも一緒だ。彼の機体は既に艦の中。
残りは,自分と,レイ,ルナ,その他数機のみだった。




「――お,おい!あれは…っ」


誰かが,上空に向かって叫ぶ。
そこには。

「連合…っ なんで!? レイ!ルナ!!」
「シン 行くぞ!」
「なんなのよあいつら…!」

乗れば機体は動く状態。
昨日までの調整ですべて万全だ。

―――ふと,アスランのことを思い出した。

『モルゲンレーテで,連合の新鋭機がつくられていた。
 それを見逃してはならないと――…ザフトは,機体の奪取作戦を実行した』

キラ・ヤマトの話を聞いたとき。
…まさか,これも?


「ふざけんな…!」

事前のシュミレーションで機体操作は身についている。
手際よく起動を済ませ,パネルに手を伸ばした。

「グラディス艦長!」

「シン!レイ,ルナマリアもよく聞いて」

艦長の凛とした声と映像がコックピットに届く。


「あなたたち以外のパイロットは出撃しません。
 残りの機体を艦に収容するまで,この港を守るのよ。

 ―――対空,対艦,対MS戦闘用意!」


後ろで,デュランダル議長が不敵に笑う姿が見えた。












  ...to be continued   >>>NEXT






























――― 幕開け ―――



白 い 家 -15-




『お願いが,あります』


「―――対空,対艦,対MS戦闘用意!」




『僕に』


「私から一つだけ」
「議長?」

通信から,最高権力者の声が響く。


「青い翼の機体は味方だ。君たちも良く知っている…間違えて撃ってはならないよ」






『僕に 翼を …かえしてください』




やすやすと,撃たれたりはしないだろうがね。
…その機体の正体は,次の瞬間に全員に知れた。

―――青い翼の

自由の名を冠する禁断の力。



「全艦,聞えますか。こちら,フリーダムのパイロット…」



忘れたりしない。
この声を。


「…キ,ラ」

「4人いればなんとかなります。とりあえず叩いてミネルバを出航させましょう」
「「了解」」

時が,止まってしまったかのよう。

「シン?」

ルナマリアの声で,我に返る。

「っ,了解…っ」



…あぁ,俺は。
会いたかったんだ。


会いたかった。



「収容完了,出港準備」
「総員,衝撃に備えて!」


美しいものを,見たくて。



「ミネルバ,発進する! 微速前進…!」














艦内は騒然としていた。
敵機分析,本土との連絡その他諸々。


「キラ!!」
「…アスラン」

ドッグに一番に駆け込んだのは,やはりアスランだった。

「お前,なんで…!」

彼が戦場にいることを良しとしないアスランに,この状況は許せなかった。
それでも,キラは優しく微笑む。

「今まで…ありがとうアスラン。 もう,僕は大丈夫」

彼の―――シンのおかげで,世界は色を取り戻した。
キレイだ,と思える紅に出会った。

惰性で,キラが近付いてくる。


「…シン」

「キラさ…ん」


この瞳
この声
この温度

忘れられなかった。
あの時と変わらない。


「僕,馬鹿だった」

『…あんた馬鹿?』

これまで朧気な記憶に褪せていたあの日のやり取りが,ここにきて鮮明に蘇る。

「あ,いや,あれは」

キラは,ふわりと,本当にキレイに笑った。
ほら,やっぱりあなたはきれい。


「…見えたよ。君の瞳の紅も,きれいな黒髪も―――空や海の青も,雲の白も,植物の緑も土の色も」

「そっか。 …よかった」


彼の元気そうな様子に安心した。
彼には,幸せでいてほしい。





「…面白いものが見れただろう」
「なんていうか…うん」


レイの言う面白いものとは,果たして

キラ・ヤマト(&フリーダム)のことだったのか
シンのあんな柔らかい表情のことだったのか

…この奇襲攻撃のことではないと思いたい。





「デュランダル議長」

「ご苦労だったね」


すべてを掌握している権力者は,いつもと変わらない底のない笑みを浮かべているだけだった。


「改めて紹介する必要もないだろうが…フリーダムのパイロット,キラ・ヤマトだ。
 今後,この隊に所属することになる。
 私直属の部下だ。タリアと彼の指示で航行を続けてくれ」


第2戦闘配備のまま,パイロットは休息に入った。








―――夢のようだ。

「…シン」
「はい」

「ありがとう」

さっきから,こればかり。
気持ちがくすぐったくて仕様がない。

「だから,なんで」

ものすごく嬉しそうにその言葉を繰り返すから,こちらも嬉しいのだけど。


「アカ…好きになれたよ」



「…え」



ひどく真面目な顔で,彼は告げる。
まるで歌うように。


「…キラさん……」

「キラでいい。なんか…きもちわるい,し?」


「…」


きっとこの先,ずっと彼には敵わない。
あの日,俺は既に負けていた。


「じゃあ…。 キラ,               」



“――― 好きなのは アカだけ?”







白い家には,もう,誰もいない。




そして,















  ...【白い家】 FIN




おまけ *



「や,やっぱキラさん! 呼び捨て無理っ」







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